らじうむの月

生んでみせる


フィクションです。


(なぜなら、事実は美しくないから。)




その人の手は美しかった、ものすごく。指はスラリと長くて、爪は平たくて角を丸くした正方形で、何処をみてもほころびがなくて、隅々までつるりとした、理想的なかたちをしていた。


わたしの指は、深爪で、水仕事でいつもぼろぼろで、いびつな形の爪をしていて、ペンの持ち方が変だからいつもタコができてしまうし、指の長さと手のひらのバランスが悪くて、いつも申し訳なさそうに縮こまっている。



その人は手だけではなくて、すべてがととのっていた。そこがわたしと正反対だった。乱雑でまとまりがなく、とっ散らかっているわたしと、すべてが決まったところに収納されていて、そしてそこに戻っていくその人は。

顔の造作が、というわけではなく、丁寧につくられ、丁寧に育てられたのだろうとわかるかたち。目、髪の毛、言葉、姿勢、箸の持ち方、頬杖のつきかた、まつげ、肩甲骨。



肩甲骨は天使の羽の名残だって言ったのは誰だったか。夏、わたしはその人のTシャツから浮き出る肩甲骨を目で撫で続けて、それだけがわたしの夏だった。夏はもう終わりだ。



わたしのような一凡人の目の前に、突然おなじ一凡人のかたちをした天使が現れたなら、わたしは絶対に信じないし、疑ってひどいことをしてしまうだろうし、それにね、その人は断じて天使なんかじゃない

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